”どうして結婚したの” ひだまりシリーズ

 エージは母が塾の送迎の時に「結婚なんてしなきゃ良かった」と泣きながら話すのを黙って聞いていた。

 毎回「オオサマの耳はロバの耳」と叫ばれる穴になった気分だ。お腹はへって無かったけれども頭が良くなるからといわれて渡された大豆を喋るかわりにボリボリ食べている間に「結婚前と話が違う」と愚痴はもうとまらなくなっていた。 

 母も父も朝から晩まで土日もなく隙間無く働いていて余裕がなかった。 

 一昨年、祖父が亡くなった後、自営業の花屋の仕事が相対的に増え、父は酒量が増え夫婦の喧嘩も増えた。友人と遊びに行く計画を立てているときに「お前は勉強だけしてればいい」と怒鳴られたあと父とはあまり話す気にならない。 

 母は母で父にきつい言葉をいってきたあと、私はお父さんと違って貴方の味方だとそういってくるが、それも居心地があまり良くない。余り好きでないのに丈夫で重い服を無理矢理着せられてしまうような気分だ。 

 ボロボロのワンボックスの後部座席は水にぬれた土と切られた花の茎と甘い花の蜜の匂いが混じっていた。エージは逃げるように勉強した。ペンからでる線は一本の命綱だった。必死にたぐりよせなければどこかに落ちていくような気分だった。 

 塾で同い年の従兄弟が、トランプを持っていた。へんなトランプでタイトルが「どうして結婚したの?」という質問のトランプだった。カード一枚一枚に質問が書いてある。「親子と三人でやるんだ」無邪気に話していた。従兄弟の家は家族みんな仲がよかった。 

 そのトランプにはエージが聞いてみたいと思う質問が書いてあった。あんなに喧嘩する前はどうだったのだろうかということだ。 

 でも、直接聞けばいいやとその時は思った。 

  

 市場帰りの車で母はきた。車の中の花の匂いは消え土の匂いだけになった。母の目は疲労が濃い。ついさっきまで仕事をしていたのだろう。後部座席に横になると窓から外灯の光がオレンジ色に光って流れていってなぜだかほっとした。 

 家ではいつものように父が酒を飲みながらテレビを暗い部屋でみていた。母は最近別の部屋で寝るようになった。弟はマイペースで部屋で本を読んでいる。母は花屋を継がせ家に残すために弟には勉強しろとはまったくいわない。 

 これ見よがしに夜食を食べるテーブルの側に父のお気に入り「進学校ランキング」の特集がある雑誌がおいてある。エージが受験する予定の高校が乗っているランキングだ。何度も読んだのだろう。折り目が強い。それは無言の圧力にも感じた。 

 なんで仲良くやれないんだろう。どうしたら仲良くなれるのだろう。  

 エージは父の背中に質問をするかわりに勉強してねた。 

  

 従兄弟にトランプのことを聞くと、楽しかったと。それで7並べするとめちゃ笑えるといっていた。お願いして塾にもってきてもらいトランプをみせてもらうとびっしりと書かれていた。恥ずかしそうに何枚かしかみせてくれなかったけれども仲がよいのが伝わってきた。 

 エージはトランプを買ってみた。 

 質問をみながら作戦を考える。普通に頼んだら嫌がるだろう、書いたとしても喧嘩になるだろう。忙しい中無理なく書かせて、そして喧嘩をさせない方法。 

 エージは弟に話し協力してもらうことにした。弟の学校の宿題にして小出しにすることにした。口下手の弟とちがいエージは口が回る。代弁することはよくあった。 

 作戦はこうだ。弟の学校の宿題でトランプをつくることになった。自分がいうとまた勉強以外の事をさせることに腹をたてるから。学校に怒鳴り込みにいかねない。 

 お互いに別々のカードをわたし、そのなかで喧嘩の火種にならないものを交換し合う。 

 弟はぽかんとくちをあけていた。 

 ハネムーンは何処にいったという質問を母にした。答えは「熱海」しかし、予想通りそのカードをエージに渡すときに父の愚痴を言い始めた。その時にいかに父が酔っぱらってだめだったかを話始めた。「学校の宿題だから、世間体もあるからね。ポジティブなことがいいんじゃない」 

 プランにエージは不安をおぼえながらうまくまとめていった。 

 相手の体の好きなパーツはという質問は「ない」と答える父にそんなのいったら弟が恥ををかくよとたしなめた。「嫌いなところがないってことでしょ」「お前は頭良いな。それで書いてくれ」「いや自分で書いてよ」と誘導していった。 

 それを母に持っていくと「あの人がこんなの書くわけ無いでしょ」と母は最初は怒ったが父の字をみて苦笑いしていた。 

  

 最終的にトランプは完成しなかった。相変わらず両親は忙しく働き、喧嘩して、エージは勉強し大きく生活は変わらなかった。トランプを通じてお互いに愚痴を言い合ってとにかくいいかえるのが大変で何枚か任せるめにあずけたら悪口を書かれたからだ。上手くいかず腹がたったが、結局それは没にするしかなく、それで完成することはなかった。 

 でも、エージは満足だった。 

 トランプとは別に「もう離婚したいの」と思わず聞いたときお互い口をそろえて「お前が(あんたが)独り立ちするまではしない」と全く同じ口調で答えたことがおかしくエージは腹を抱えてわらった。 

 エージは知ったのだ。言葉にはトゲがあり、それは時にずっと人を苦しめる。でも、それを抜くのも言葉であり、それは大きな言葉ではなく小さなピンセットのような小さな言葉なのだ。 

 それは言葉のプレゼント。 

 陽だまりタイム 第一弾 “どうして結婚したの?” 

  

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